むかしは、
遊ぶのが当たり前でした。
理由なんてなくて、
意味なんてなくて、
ただ、夢中になっていました。
けれど、いつのまにか
その夢の世界は「役に立つこと」に占領され、
「遊ぶこと」は追い出されてしまいました。
こどもは、評価される存在になり、
おとなは、我慢する存在になりました。
――でも、本当にそれでいいのでしょうか。
遊ぶことで、
こどもは世界を知り、
おとなは自分を思い出します。
遊びは、
成長の前にあり、
学びの先にあり、
人と人を、自然につなぎます。
遊名人は、
遊びを「ただ楽しいもの」で終わらせません。
遊びを、
生きる力として、
人と人をつなぐ文化として、
もう一度、社会のまんなかに戻したい。
「遊びは、人を跳ねさせる。」
正解なんてありません。
上手に跳ぶ必要もありません。
完成していなくていい。
途中でいい。
人生は、まだ遊べる。
遊名人は、
そんなすべての人と一緒に、
遊びながら、生きる世界をつくっていきます。
―― きっと、やさしい世界ってこんな感じ。
これは、
こういう世界があればいいな、という
個人的なメモのようなものです。
[PDF]この世界の“裏側”

